Ethiopia Report

Nordic approach Origin approach in Ethiopia 2019
photo_Hortensia Solis(@hortensia_solis)
edit, photo_Hechima

まだ甲府盆地に夏の暑さが残る頃だったと思う。紅梅通りに面した寺崎コーヒーの店先で、店主の亮くんにエチオピアに行くことになったと教えてもらった。
「来年1月にノルディックアプローチのプログラムでエチオピアのツアーがあるんです。この機会は逃せないと思って。」
日々コーヒーを焙煎しておいしい1杯を淹れてくれる街場のコーヒー屋さんが、わざわざ1万キロも離れた生産地に赴くことにどんな意味があるのだろう。単純な興味だけでないその意志を、嬉しそうに話すその眼差しの奥に感じた。
帰ってきたら話を聞きたい、旅の経験をなにかしらの形でちゃんと残した方がいいと思うから手伝わせてほしい。旅立つ前に亮くんとそう約束をした。

旅の最中、インスタにアップされる写真と文章を楽しみに眺めた。そして帰国した亮くんと同行したLe Koppiの和光くんに、2月の初め営業を終えた寺崎コーヒーで話を聞いた。結論から言うと(薄々感づいていたことだが)、やはり彼らがこの旅で感じたことは、熱を含んだ彼らの言葉を直接聞いてもらいたい。だから私はその前提となることがらを少しまとめておこうと思う。普段店先でコーヒーを飲みながらなんとなしに聞き流してしまっていたことを、自戒の念を込めて一つひとつ確認していこうと思う。

ryo terasaki and yu wakou

輸入業者の枠を超えて産地に関わる

今回彼らが参加した生産地プログラムを主催したノルディックアプローチは、その名の通りノルウェイを拠点とするインポーター。コーヒーの生豆を世界中の産地から輸入し、世界各地のロースターに卸している。彼らは「Unique green coffee - Transparent sourcing(特別な生豆を明確なルートで調達する)」をコンセプトとし、徹底した品質管理を行っている。
コーヒー豆の取引はまとまった量で行われるため、街場の小さなロースターが生産地から直接豆を買い付けることは難しい。ノルディックアプローチのようなインポーターが輸入してくれるからこそ、質の高いさまざまな産地のコーヒー豆が甲府のまちまで届くのだ。さらにその豆はルートが明確で、どこの誰の農園でいつ採れたチェリーをどこで精製し、どこのエクスポーターが保管したのかを正確に確認することができる。
「とにかく産地に徹底的に関わっているんです。訪れた個人経営のウォッシングステーションでは、誰がインポーターで誰がエクスポーターで誰がウォッシングステーションの人なのかわからないくらい。その距離の近さを目の当たりにして、逆に自分たちとの距離を感じたくらいです。」

tim wendelboe

スペシャルティコーヒーと呼ばれるグレードの高いコーヒー豆が流通するようになって30年以上。その間に世界的なコーヒー産業は大きく転換した。それまで、農園で収穫されたコーヒーチェリーは、その品質に問わずまとめていくらで取引されていた。いわゆるコモディティコーヒーといわれるグレードの高くないコーヒーは、世界的な流通量が大きいため先物取引など投機の対象となり、価格の変動が激しい。そのためその品質に問わず、農園には低い対価しか支払われてこなかった。
スペシャルティコーヒーという概念が生まれ、品質の高いコーヒー豆が正当な評価を受けることで、農園や協同組合、エクスポーターといった生産国内でのコーヒー産業が品質の向上に向けて取り組めるようになる。自分たちの収穫時期がどうコーヒーの評価につながるのか、精製方法は、保管方法は適切なのか。インポーターやロースターによるカッピングの評価が産地に伝えられることにより、それぞれの工程が改善され、より品質の高いコーヒー豆づくりにつながっている。

coffee washing station in ethiopia

彼らが訪れたエチオピアは、コーヒーのルーツといわれる地。産地としてはブラジル、ベトナム、コロンビア、インドネシアやホンジュラスに次いで2017年には世界で6番目の量を生産している。他の産地が大規模農園での生産が中心となっているのと相反して、エチオピアでは家族経営の小規模農家による栽培が中心。農家は農協や個人経営のウォッシングステーションなどに、自分たちが収穫したコーヒーチェリーを持ち込む。
集められたコーヒーチェリーは、そこで品質を確認され選別されながら、生豆へと精製処理される。生豆はその後、生産国内で管理販売するエクスポーターの手に渡り、そこでノルディックアプローチのようなインポーターや直接買い付けをするロースターに紹介され、世界各国へと旅立っていく。
そのルートが明確であるからこそ、その生豆の個性を引き出す焙煎が可能になり、さまざまな味と香りの1杯を私たちが楽しむことができるのだ。

coffee washing station in ethiopia

ノルディックアプローチは長い年月をかけて、エチオピアだけでなくアフリカ、中米のさまざまな生産地との信頼関係を築いてきた。それは、カッピングによる品質向上への貢献や質の高い豆を正当な価格で買い取るといった取り組みだけではない。生産環境の改善や地域インフラの抜本的な向上など、質の高いコーヒーを継続して生産できる環境づくりに積極的に貢献してきている。
「訪れたウォッシングステーションの近くに学校ができていて、そこも見学しました。その学校にもノルディックアプローチの人たちが関わっているって。」
すべては、自分たちの望む質の高いコーヒーを継続して作り続けるためではある。でも彼らの取り組みには、それを超えるもっと大きな意志を感じる。

coffee farm in ethiopia

産地を訪れて見えてきたもの

「生産地を訪れてみたいという気持ちは昔からあって、でもどうやって行けばいいのか検討もつかなかったんです。これまでもインポーターに同行して現地を訪れる小さなロースターはいましたが、その要望が世界的に多くなったんでしょう。今回、思い入れの強いノルディックアプローチのプログラムでエチオピアに行くことができて本当によかった。」
ノルディックアプローチのプログラムで生産地を訪れることの利点はたくさんある。信頼関係が築かれたウォッシングステーションやエクスポーターの保存庫などコーヒー豆の経路を具体的に見て回れること。その場その場でカッピングができること。最新の情報を座学を通じて学べること。そして、同じように関心を持って世界各国から生産地を訪れているプログラムの参加者と意見交換ができること。
「とにかくみんなでよく話しました。それぞれが自国の状況や、生産国に自分たちがどうコミットするかとか。参加者はロースターだけではないんですが、本当にみんな真剣で。もちろんローストのことや味のことも話すんですが、それだけにとどまらない話題の多様さに驚いた。そして普段お店でも当たり前のようにお客さんとそういう話をしているようで。日本とは随分差があるなって思いました。」

coffee cupping in ethiopia

今回のプログラムにはアメリカ、スコットランド、台湾など9カ国からの参加があった。日本からは、亮くんと和光くんの2人。プログラムに参加し、同じ時間をともにした仲間からの刺激はとても大きかったそうだ。他の参加者に世界でもコーヒー消費量の多い日本の現状を尋ねられ、歯がゆい思いもしたという。
「僕たちロースターにとっては毎日の1杯のコーヒーをおいしいと思ってもらえることがまずは大前提。でももっとその1杯の先にある話を、お客さんにも知ってほしいと改めて思いました。焙煎を追求する、淹れ方を追求するのと同様に、生産地のことやコーヒーに携わる人たちのことをお客さんにどう伝えるかも考えていかなければいけない。」

日本でもコーヒーに関わる人たちのコーヒーへの熱量はとても高い。積極的に生産地を訪れたり、質の高いコーヒー豆を直接買い付けるロースターもいる。それぞれがそれぞれのやり方で、コーヒー産業に関わっている。
けれど、その先にいる私たちの意識はどうだろうか。冒頭でもふれたように私自身、ただ日々のコーヒーをおいしいと思っているだけだった。2人の話を聞いて、改めてコーヒーにもっと関心が湧いた。

coffee bean stocker in ethiopia

大げさに言えばそれはコーヒーだけに限った話ではない。眼の前にあるものをただ消費だけしていないか。その向こう側に思いを馳せる豊かさを見失っていないか。なにを買うか、なにを口にするかだけではなく、どこで買うか、誰が作ってくれたものを選ぶか。当たり前のようにそこに少しでも意識的になることが、自分たちだけでなく、より多くの人の豊かさにつながっているはずだ。

「自分たちは小さいロースターとして、小さい甲府のまちにしか関わることができません。でも小さいまちだからこそ、変われる可能性があるんじゃないかと思うんです。」
彼らは旅から戻ってすぐに、思ったことを行動に移している。ハンドドリップのワークショップやカッピングの機会を通じて、生産地のことを伝え始めている。コーヒーとの関わり方を改めて考え直してもいる。
彼らはただただコーヒーが好きで、おいしいコーヒーを提供したいと日々真摯にコーヒーと向き合っている。今回エチオピアを訪れたことも、毎日のコーヒーをより良いものにするためなのだろう。
人と人との距離が近い小さい甲府のまちだからこそ、意識を高く持たずとも、自然と1杯のコーヒーが持つ世界に興味が寄せられるのかもしれない。まずは注文したコーヒーを待ちながら、店先に置かれたアルバムを手に取り亮くんの話を聞いてみてほしい。和光くんにその日の豆のことを聞いてみてほしい。きっと彼らの淹れてくれるコーヒーのように澄んだ瞳で、1杯のコーヒーのむこうに広がる世界を話してくれるはずだから。

coffee washing station in ethiopia
ryo terasaki and yu wakou